大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(ラ)825号 決定

当事者

別紙当事者目録記載のとおり

主文

一  第841号事件抗告人の抗告により,原決定中主文中第一項1及び6をいずれも取り消す。

二  第841号事件相手方森田暁,同齋藤洋,同奥村正巳,同吉野幸男,同増田利男,同春日俊六,同石塚昭二郎,同末永貞二,同北野堅,同春日登,同高橋信亮,同戸塚武,同羽賀國人,同酒井安正の本案訴状請求原因第四の三に基づく請求についての担保提供申立を却下する。

三  第841号事件相手方酒井安正の本案訴状請求原因第四の二に基づく請求についての担保提供申立を却下する。

四  第841号事件抗告人の抗告により,原決定中主文第一項5を次のとおり変更する。

「第841号事件相手方齋藤洋に対する本案訴状請求原因第四の五の2,5に基づく請求について,金500万円。」

五  第841号事件抗告人の同事件相手方濱嶋健三に対する抗告を却下し,同抗告人のその余の抗告を棄却する。

六  その余の抗告人らの各抗告を棄却する。

七  抗告費用はいずれも抗告人らの負担とする。

理由

第一  抗告の趣旨

一  第825号事件

1  原決定中第825号事件抗告人らの申立却下部分を取り消す。

2  第825号事件相手方は,同事件抗告人らのために,本案事件訴状請求原因第四の一,同第四の二,同第四の四,同第四の五の1の(一),同第四の五の1の(二),同第四の五の1の(三)及び第四の五の3に基づく請求について,相当額の担保提供をせよ。

3  抗告費用は第825号事件相手方の負担とする。

二  第839号事件

1  原決定中第839号事件抗告人らの申立却下部分を取り消す。

2  第839号事件相手方は同事件抗告人らのために,本案事件訴状請求原因第四の一,同第四の二,同第四の四に基づく請求について,相当額の担保提供をせよ。

三  第842号事件

1  原決定中第842号事件抗告人らの申立却下部分を取り消す。

2  第842号事件相手方は,同事件抗告人らのために,原決定主文一項1,2,6に記載された本案事件訴状請求原因事実以外の請求原因事実に基づく請求についても,相当額の担保を提供せよ。

四  第846号事件

1  原決定中第846号事件抗告人らの申立却下部分を取り消す。

2  第846号事件相手方は,同事件抗告人らのために本案事件訴状請求原因第四の二,同第四の四,同事件抗告人岡田英夫のために同第四の五の1の(二),5に基づく請求について,相当額の担保提供をせよ。

五  第841号事件

1  原決定中第841号事件抗告人に対し担保提供を命じた部分を取り消す。

2  第841号事件相手方らの担保提供申立をいずれも却下する。

第二  抗告の理由

第825号事件抗告人らの抗告理由は別紙平成6年11月14日付準備書面,第839号事件抗告人らの抗告理由は平成7年1月31日付抗告理由補充書,第842号事件抗告人らの抗告理由は平成6年11月15日付準備書面,第846号事件抗告人らの抗告理由は平成6年11月29日付抗告理由補充書,第841号事件抗告人の抗告理由は抗告状各記載のとおりである。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所は,主文に示すとおり第841号事件の抗告の一部は理由があり,その余は不適法ないし理由がなく,その余の抗告人らの抗告は全て理由がないと判断する。その理由は,次のとおり付加,訂正,削除するほかは,原決定理由「第二事案の概要」,「第三当裁判所の判断」欄と同一であるからこれを引用する。

一  本案提起の動機,目的等からする悪意の有無について

記録によれば,以下の事実が一応認められる。

1  本案被告小谷光浩は仕手グループのリーダーとして著名であったが,昭和61年2月ころから蛇の目ミシンの株式の買い占めを始め,昭和62年4月までに蛇の目ミシンの発行済株式総数1億5246万株の39.35パーセントである6000万株を取得し,蛇の目ミシンの取締役に就任したほか,蛇の目ミシンの主力銀行である当時の埼玉銀行(以下「旧埼玉銀行」という。)や蛇の目ミシンに右株式の高値での買い取りを求めた。蛇の目ミシンは,これに対する対策として,関連会社に小谷ら仕手グループ傘下の会社などの債務を引き受けさせ,あるいは自ら保証したり,担保提供をしたが,結局,仕手グループ傘下の会社の破綻などにより蛇の目ミシンの会社資産が大幅に減少した。本案事件は,本案原告である第841号事件抗告人(以下「抗告人鈴木」という。)が右資産減少に関して,蛇の目ミシンの取締役などに対して,株主代表訴訟として,総額1520億円の損害賠償を求めた事案である。

2  債務引受け等の具体的内容は以下のとおりである。

① 平成元年8月ころ,旧埼玉銀行の関連会社株式会社首都圏リースは,蛇の目ミシンの関連会社である株式会社ジェー・シー・エルに対し300億円を融資し,ジェー・シー・エルはこれを株式会社ナナトミを介して小谷グループ傘下の株式会社光進に貸付けたが,蛇の目ミシンはジェー・シー・エルの首都圏リースに対する債務を保証すると同時に担保を提供した(本案請求原因第四・一に関するもの)。

② 光進は蛇の目ミシン株式買い占め資金966億円をミヒロファイナンス株式会社から借り受けていたが,平成元年9月ころ,ジェー・シー・エルと蛇の目ミシンの100パーセント子会社である株式会社蛇の目不動産が右借入金のうち各300億円(合計600億円)の債務を引き受け(平成2年3月ころこれをジェー・シー・エルの600億円の債務に一本化した。),更に,同年5月,残りの366億円につき蛇の目ミシンの関連会社ニューホームクレジット株式会社が債務引き受けをした。そして,平成4年1月蛇の目ミシンはミヒロファイナンスとの間で右各債務のうち340億円を支払うことを内容とする訴訟上の和解をした(本案請求原因第四・二関係)。

③ 平成2年6月14日,ニューホームクレジットは,小谷グループ傘下の会社が旧埼玉銀行の関連会社東亜ファイナンス株式会社に対して負っていた250億円の債務を引き受け,蛇の目不動産はこれに担保を提供した(本案請求原因第四・三関係)。

④ 同日,ジェー・シー・エルは小谷グループ傘下の会社が日本リースに対して負っていた390億円の債務を引き受け,蛇の目ミシンは不動産担保として小金井工場の敷地を提供した。そして,平成3年12月蛇の目ミシンは右債務を引き受けたうえ,返済資金調達のため小金井工場敷地を代金235億円で売却した(本案請求原因第四・四関係)。

⑤ 平成2年5月25日,蛇の目ミシンは小谷グループ傘下の会社のため,旧埼玉銀行と三井信託銀行から合計120億円を借り入れ,これを右会社に貸付けるとともに,高尾工場の敷地建物を担保として提供した(本案請求原因第四・五・1・(一)関係)。

⑥ 同年9月28日,蛇の目ミシンの関連会社ユーコムは,小谷グループ傘下の会社ケージーエスのため,室町ファイナンスと三信ファイナンスから合計50億円を借り入れ,これを右会社に貸付けた。蛇の目ミシンはユーコムの右借入金を保証し,高尾工場の敷地建物を担保として提供した(本案請求原因第四・五・1・(二)関係)。

⑦ 同年2月28日と同年6月16日,ユーコムは,光進のため,いずれも地銀生保住宅ローンから各50億円合計100億円を借り入れ,これを右会社に貸付けた。蛇の目ミシンはユーコムの右借入金を保証し,45億円を支払った(本案請求原因第四・五・1・(三)関係)。

⑧ 同年10月1日,同月31日,蛇の目ミシンはニューホームクレジットを介して,小谷グループ傘下のナナトミに50億円と40億円の融資をした(本案請求原因第四・五・2関係)。

⑨ 同年6月14日,ユーコムはナナトミのため,地銀生保住宅ローンから50億円,三井リースから40億円の借入を受け,これをナナトミに貸付けたが,蛇の目ミシンはユーコムの右借入金を保証した(本案請求原因第四・五・3関係)。

3  抗告人鈴木は昭和62年6月から平成元年6月まで蛇の目ミシンの取締役であり,昭和63年10月から平成3年6月まではジェー・シー・エルの取締役(初め,専務,後に副社長)で,前記2の①,②,④に関与していた。抗告人鈴木は蛇の目ミシンの資産状態が悪化した後である平成4年6月ころから「蛇の目再建同志会」代表の名称で,現経営陣の退陣と抗告人鈴木を含む「再建同志会」の同調者の経営への関与を要求したが現経営陣から拒絶された。蛇の目ミシンは平成5年4月,抗告人鈴木が経営する蛇の目ミシンの関連会社の全株式を抗告人鈴木に譲渡して関係を切るとともに,抗告人鈴木との月額報酬50万円の顧問契約も打ち切ったこと,抗告人は本案事件を提訴するに先立ち,蛇の目ミシンの取締役等に対し,代表訴訟の被告としての適格性について判定するとして「被告選定判定会のご案内」との書面を送付し,これに欠席の場合には代表訴訟において被告となることを了解されたとみなし,当然被告とする旨通知したこと,抗告人鈴木は本案訴訟提起に関連してマスコミ等に旧埼玉銀行が蛇の目ミシンの資産を本案被告小谷等に提供し,同人ら仕手グループ崩壊後は蛇の目ミシンの資産を銀行の債権回収に当てたとしてその責任を追及するとの意見を発表した。

右の事実からすると,抗告人鈴木は,蛇の目ミシンが仕手グループによる自社株買い占めに関連して多額の債務を負担するなど資産を減少させたことを契機として,旧埼玉銀行の責任を追及したり,現経営陣の退陣を求め,自らが経営に加わる姿勢を見せるなどして,現経営陣と対立し,また,右対立を契機に蛇の目ミシンとの関係を切られた者であることが認められるが,前記のとおり,蛇の目ミシンが本案被告小谷らの株買い占めに関連して,相当の資産を減少させていることを考慮すると,抗告人鈴木の本件代表訴訟の提起が,経営に対する野心や現経営陣に対する報復,あるいは蛇の目ミシンとの関係の復活の手段のみであるとは一概には言い切れず,正当な株主権の行使とは無縁の不法,不当な訴えの提起と認めることはできない。したがって,本件代表訴訟提起の目的,動機から直ちに担保提供を命ずることはできない。

二  原決定の訂正

1  原決定32丁裏5行目から同10行目「あるから」までを「ミヒロに対する光進の債務を引き受けたこと(本案請求原因第四・二関係)については,ジェー・シー・エルと蛇の目不動産が各300億円の債務を引き受けたのが平成元年9月,ジェー・シー・エルがこれを一本化して600億円の債務を引き受けたのが平成2年5月,最終的に蛇の目ミシンがそのうち340億円の債務を引き受けて支払ったのが平成4年1月16日で,それぞれの債務負担,支払いについてみれば,在任期間の関係で関与していない者もいるが,ジェー・シー・エル,蛇の目不動産はいずれも蛇の目ミシンの関連会社で,特に蛇の目不動産は100パーセント子会社であることや,平成4年1月16日までは蛇の目ミシン自体は債務者になっていなかったことなどを考慮すると,平成元年9月から平成4年1月までに在任していた者については」と改め,同33丁表1行目「(二)に述べる点を除き,」を削除する。

2  同33丁表3行目から同裏末行までを次のとおり改める。

「(二) 東亜ファイナンスの光進に対する250億円の貸付けに関し,平成2年6月14日,ニューホームクレジットが債務引き受けをし,蛇の目不動産が担保提供をしたこと(本案請求原因第四・三関係)については,光進は破綻しているから求償債権の行使は事実上不可能で,その金額からして蛇の目ミシンの100パーセント子会社である蛇の目不動産がこれを負担する結果となると考えられるが,100パーセント子会社に損失が生じた場合,特段の事情のない限り,それは親会社にとっても損失となるのであるから,右250億円の債務引き受けについて請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由があるということはできず,悪意の疎明があったとして担保の提供を命じるのは相当でない。

平成2年6月に蛇の目ミシンが小谷グループ傘下の会社の日本リースに対する債務につき担保提供し,平成3年12月に債務を引き受け,担保不動産を売却したこと(本案請求原因第四・四関係)については,右担保提供の時期以後に役員に就任した者であっても,債務引き受け,不動産売却時期において役員であったのであれば,やはり,悪意の疎明があったとすることはできない。」

3  同34丁裏1行目から同35丁表4行目までを次のとおり改める。

「本案請求原因第四・五・1・(二)の事実は平成2年9月の保証を義務違反行為とするものであるところ,記録によれば,抗告人田村信義,同渡邉晧一,同小関信昭が取締役に就任した時期は平成3年6月であるから,右事実に関しては,右抗告人らについて取締役の義務違反が生じる余地がないといえる。したがって,右抗告人らについては右事実に関し,請求原因事実が認められる見込みが低いと予測すべき顕著な事由があるというべきで悪意を認めることができる。なお,抗告人齋藤洋につき本案請求原因第四の五の1,3記載の各事実,同酒井安正につき本案請求原因第四の二記載の事実につき責任原因に関する主張の補正がされたから,悪意の疎明がないものと認める(抗告人齋藤洋に対する本案請求原因第四の五の2,5の事実について悪意の疎明のあることは前示のとおりである。)。」

4  同36丁裏4行目「被告齋藤」から同5行目「事実関係,」までを削除する。

三  抗告人鈴木の抗告のうち抗告人濱嶋健三を相手方とするものは,原決定において同抗告人に関する請求原因について担保提供を命じていないから,不服申立の利益がなく,不適法な抗告である。

第四  よって,第841号事件抗告人の抗告により,原決定中主文第一項1,6をいずれも取り消し,第841号事件相手方森田暁,同齋藤洋,同奥村正巳,同吉野幸男,同増田利男,同春日俊六,同石塚昭二郎,同末永貞二,同北野堅,同春日登,同高橋信亮,同戸塚武,同羽賀國人,同酒井安正の本案訴状請求原因第四の三に基づく請求についての担保提供申立,第841号事件相手方酒井安正の本案訴状請求原因第四の二に基づく請求についての担保提供申立をいずれも却下し,原決定中主文第一項5を本決定主文第四項のとおり変更し,第841号事件抗告人の同事件相手方濱嶋健三に対する抗告を却下し,同抗告人のその余の抗告及びその余の抗告人らの各抗告を棄却し,抗告費用はいずれも抗告人らの負担とすることとして,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 時岡泰 裁判官 河野信夫 裁判官 山本博)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例